師匠と弟子7(短編小説)

(6章 暴動の炎)

関西人の公演に行き、関西人と師匠と、そして私は明け方まで飲んで、生まれて初めての二日酔いというものになってしまった。

どうにも頭がガンガンするし、体がだるい。台所に行って冷たいお茶を何杯か飲んで、ようやく正気に戻り時計を見ると、思わず叫んでしまった。

「やばいっ!」

そう、すでに本屋のアルバイト開始時間、10時の5分前。携帯からすぐに師匠に電話をかける。

「す、すいません!今起きたところでして…準備してすぐに向かいます!!」

「あぁ、そうかい。どうせ二日酔いだろう。少し飲ませすぎてしまったかな。昼過ぎにでも到着したらいいさ。」

「あ、ありがとうございます。できるだけ早めに向かいます」


そう言うと私は大急ぎでお風呂をためる。なんだか体からアルコールの臭がしていそうな、そんな気がしたのと、汗をかけばアルコールが抜ける、と何かで聞いたことがあったからだ。

結局12時にバイト先の本屋についた頃には、ある程度はシャンとしていたので、私はそこそこアルコールには強い体質だったようだ。当然ながら体の怠さはまだあるのだけど。

師匠に開口一番、謝罪しようとすると、それを遮るかのように師匠が言う。

「すまないが・・・・私も二日酔いでね。年を考えずに飲み過ぎたようだ。ちょっと二階で休ませてもらうよ」

この日は二人ともいささかゲンナリしてテンションが低く、来る客も少なく、黙々と閉店作業をして、師匠にひと声かけて家路につく。


道をボーッと歩きながら考える。昨日、師匠と関西人と同じ時間、おなじ感覚を共有して、それは私にとってどれほど楽しい時間だったろう。

少し饒舌になっていた師匠も、きっと同じ気持で、だからこそ飲み過ぎたんだろうか?そう考えると私は少し嬉しくなった。

いつもの日常、知り合いとの充実した時間というスパイス、不思議な連帯意識、明日も頑張ろうと思えるのは、平和な暮らしがあってこそなんだな、などとキザったらしく噛みしめるふりをする。

あとは家に帰って、夕食を食べて、部屋に入ったらテレビをつけっぱなしにしながら、眠たくなるまで過ごす。そうやって今日一日が終わるはずだったのだ。


夕食を食べてから部屋に戻ったのは21時過ぎだった。お気に入りのアニメ「アルスラーン戦火」の時間にはまだ少しある。

適当にテレビのリモコンでチャンネルを変えつつ、面白そうな番組を探す。なんだ?速報か?

「先程、東京都新宿区で外国人労働者が続々と集まっております。暴動のおそれがあるため、外出は控えて下さい。繰り返します・・・」

「先程、大阪府北区でも外国人労働者が続々と集まっております。暴動のおそれがあるため、外出は控えて下さい。繰り返します・・・」


呆然と速報を眺める私に、携帯電話が鳴り響く。師匠からだ。

「今は家か?ちゃんと帰れたのか?無事だったならよろしい。間違っても興味本位で外出するんじゃないぞ」

心配をしてかけてきてくれたんだろうが、師匠の切羽詰まった声が余計に不安を煽る。

「あの・・・・これは・・・・どうなってるんですか?」

「詳しいことはわからん。とにかく外出するんじゃないぞ!明日は店も休むかもしれん。また連絡するから大人しくしてなさい」

嫌な予感が全身を駆け巡る。一回に降りて母に不躾に聞いた。

「父さんは?まだ帰ってきてないの?速報で外出は控えるようにって・・」

「いまお父さんに電話したわ。心配するなだって。そんなこと言われてもねぇ」


昨日までの関西人との会話を必死に思い出す。

「中国人労働者も、低所得層はそろそろ限界やで」

「暴動が起きるかもなぁ」

「暴動が起きたらどうするかって?とにかく家族の安否の確認。あとは外出せんことや」

「家の鍵は閉めること、自分と家族の安全が一番大事や。あとはそやな、情報収集やな」

携帯がまたけたたましく鳴る。一瞬ビクッとする母。緊張する私。着信は関西人からだった。


「お~自分も無事やったか。良かった良かった。昨日飲みに連れて行ったから、もしかしたらまた行っとるんちゃうか?おもてな~。ちょっと心配しててん。」

「あの、関西人、今どこに?」

「お、いっちょ前に心配してくれるんか。ようやくホテルにたどり着いたとこや。歓楽街の連中も無茶苦茶殺気立っとるで。ほんまかなわんわ。」

と素頓狂にケラケラ笑いながら言う関西人に、すこしばかりイラッとしたのは事実だが、それよりも安堵のほうが勝ったのは言うまでもない。

母には家の鍵をかけて扉を閉めておくことを伝えて、二階の部屋でPCの電源をつける。開いた先は2ちゃんねるの実況板。

多分ここなら、だれかお調子者が実況しているはずだからだ。


「新宿暴動キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

「マジヤバスwwww中国人殺気すごすぎwwwww」

「俺の車凹ましたやつ手を上げろ。マジ逝ってよし!」

「ちょwww数増えてきてるんですけどwwwwヤバくね?」

「安全な帰り道キボンヌ」

「いまどきキボンヌなんていつの時代だよオッサン、逝ってよし」

「エロイ人、どうなるか教えてクレメンス」

「おれ、明日結婚するンゴ、家の恋人が心配ンゴ」

「死亡フラグ乙」

「((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル」


くだらないレスは読み飛ばすとしても、画像もどんどん投稿されている。

テレビでは相変わらず速報で「外出を控えて下さい」としか出ないけど、画像ではもう暴動の恐れではなく、正真正銘の暴動になっている。

車はひっくり返され、手には鉄パイプやパールのようなものを持った人たちも写っている。店の看板は割られ、高そうなショーケースときっと高かったであろう中身は、無残な姿を晒している。

実況スレによると名古屋、大阪、東京などの大都市圏で同時多発的に暴動は発生し、多数の被害者も出ているとのことだ。

他の板もくまなくチェックしてみると、VIP板で複数の固定ハンドルネームが暴動を議論するなんてスレがあった。

ハンドルネームは「影師」「みぬりん」「うずっち」「SJ」「ヤンやん?」etc・・・


周りのレスからすると、ハンドルネームの人たちは2013年くらいから、ずっと活動している人たちらしい。

レスの内容を辿って行くと、どうも彼らが言うにはこういうことらしい。


2012年に安倍晋総理の政権になり、グローバリズム、新自由主義に過激にかじを切った結果、2016年から移民政策やTPPが拡大され、2018年に政府は移民規制のさらなる緩和に踏み切り、2020年には中国人移民だけで1000万人を突破する。

しかし初期には高技能人材、高度人材といわれていたものは、全くの嘘であり、本当は中国の低所得層、貧民層が違法なブローカーなどに多額の借用書を書かされて、日本にやってきている。

当然ながら日本語も喋れず、満足な仕事につけるはずもなく、借金の額も増えていくばかりで、ある種の貧困ビジネスの様相になっている。

またそのブローカーに中国政府が絡んでいるという噂もあり、中には中国人スパイ、工作員が混じっているであろうことは確実だという。


今回の暴動には中国政府の意向が絡んでいる可能性が高く、そうだとするなら尖閣諸島への中国の進出と実効支配、これがこの機に行われる可能性が非常に高い、ということらしかった。

昨日までの私なら、そう昨日までの私ならば「そんなバカな!陰謀論だろ?」と一笑に付していただろう。


2階の窓から東の空が、わずかに赤く燃えているのがわかる。

遠くから消防車の音、救急車の音、パトカーのサイレンがけたたましく、ひっきりなしに鳴っている。

マスコミのヘリが空を飛び回り、TVのニュースではどのチャンネルも暴動を報じている。

「本日午後9時過ぎ、東京都新宿区で外国人による暴動が発生しました」

どのテレビ局も判で押したように外国人と報じ、どこも中国人とは報道しない。スタジオでは自称専門家や評論家と思しき人が、薄っぺらい解説をしながら厳粛な顔持ちで深刻ぶる。

「日本の企業側にも、対応の不備があったのではないでしょうか?」

「日本語ができなくても、企業は雇うべきだったかもしれません」


私の中で育んできた価値観が、ガラガラと崩れ去る音がした気がする。

移民なんてたまに事件を起こすだけだと思っていた。日本はどこの国より平和だと思っていた。

そしてテレビではまだそう言っている。明日の新聞では一面を飾るだろう。号外だって出るかもしれない。でも大半のメディア、そして日本人はこの事件を1ヶ月後には風化させてしまうに違いない。


今まで現実と思っていたことは、作られた虚像に過ぎなかったのだ。そう、平和だと信じたい私と、多くの日本人たちによって作られた偽りだったのだ。


師匠のあの、面接の時の言葉が浮かんでくる。

「知性とはなんだい?」


空虚なテレビのニュースキャスターの叫びに似た偽善と、淡々とレスを重ね、静かに現実を訴えかける掲示板の向こうにいるあの人達。

スレは静かに熱を帯びて、名無しの住人同士が相談し始める。何をするべきなのか?何をすればいいのか?

ある者は官邸のメールアドレスにメールしようと提案し、ある者はデモをしようと訴える。ある者は拡散するためのビラをデザインしたり、投稿された画像を保存したりする。


夜空が暁に染まり、空気がチリチリとする夜は、狂気と殺気を螺旋のように渦巻きながら更けていく。

2025年8月25日夜更け、私の後戻りできない非日常はこうして始まったのだった。


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